前編は夏休み前に投稿し、あっという間に1ヶ月以上が経ち夏休みも終盤に差し掛かりました。前編を読んでいただきありがとうございました。
不登校にならないためには、日本の構造の中にきちんとしっかり組み込まれること、珍しいことをしないことが何より大切です。これは不登校だけではなく、今後お子さまが干渉を受けることなく自由に生きる上で最低限のルールです。
海外に憧れた不登校前
前編では学校生活を送るなかで感じた挫折や空白感を、海外の文化から刺激をもらって奮起させていたことに少し触れましたが、改めてまた踏み込んでみたいと思います。
私の子供時代は少なくとも早もう30年!にも前になります。
当時の子供でも誰でも知ってる三大海外といえばおそらくアメリカ、イギリス、フランスのあたりでしょう。ハワイなどもありますが、これは当時は圧倒的に芸能人が好むものという感覚であり、印象として庶民的ではありません。
また、今のように韓国や中国、ロシアなどはメディアではあまりというかほとんど身近な存在ではありませんでした。なので憧れといえば大体はアメリカです。しかしアメリカは日本とは全く異なる価値観、文化、宗教、多様性を持っていると言われます。
子供は政治の世界などもほとんどしりませんから、『なんか良い』『なんかかっこいい!』それだけで傾倒します。実は私もその一人でした。文化や背景もよく知らずにただなんとなく、でも深くハマってしまう、実はそれが不登校のきっかけに十分なりえてしまいます。
学校のルートに限って言えば、アメリカは日本よりはるかに厳しい学歴社会で、また、就職後もかなり厳しい競争に晒されていることがわかっていますが、当時はアメリカ人はいつもパーティーをして楽しんでいるイメージしか日本には輸入されてきませんでした。スティーブ・ジョブズなどの典型的アメリカ人のストーリーや神話も平成後期という最近になってからやっと知られた真実です。ハリウッドや音楽業界なども、ほとんどは今も日本では自然には知られていません。令和でもそれぐらい遠い国です。
海外をよく知らず、メディアなどの断片的かつ受動的な情報から『世界にはこうやって陽気に生きてる人たちがいるんだから、今の自分の悩みなんてたいした問題ではない』と比較的簡単に過小評価して結論を出してしまうという負の側面は、今もなお続いていると言えます。
日本の優等生文化に馴染めなくなり不登校になる
アメリカが悪いみたいな感じですが、さまざまな要因が重なり偶然そうなる人が私だったというだけの話であり、ほとんどの生徒はアイドルのスピードや安室ちゃんなど、近いけどどこか遠いという沖縄の文化やダンスを好奇心を持って親しんでいました。
ちなみに芸能界で成功する人は象徴的で、日本の学校生活においても規範になる人たちです。一方でアメリカは単に実力であると言われ、ここでも日本とアメリカでは分岐しています。
アイドルのように日本独自の流行や交流を嗜む時間は今も変わらずある学校生活や青春の重要な一部で、ここに収まらなかった自分って一体何者だったんだろうという思いが今でもふと過ります…
いわゆる厨二病という現象も手伝い、少しずつ日本の構造からはズレていきます。髪型も無造作に結んだり、服装もなんとなく日本離れしたものをこのみ、児童、生徒の正しい身だしなみという観点からも日本ではあまり受け入れられていません。
とは言え私は活発なタイプだったので、結ぶ髪型は耐えられずいつもすぐにカットしていました。ただしこのような自己矛盾は、落ち着かなさやフラストレーション感という印象をときに他人に与えることがあり、それが人間関係での摩擦を招くことがあります。
ライフスタイルは日々、自分らしさのなかで構築していくものでもあるので、子供のうちには叶えることはかなり難しく、心のなかに余計な複雑さを生みます。子供のうちの趣味は身近なもので静かに楽しむことは大切な心がけです。
すぐに受験が押し迫ってきた
夢を見すぎてついに学校に行けなくなりました。学校に行かない間はFMラジオから流れる外国人がパーソナリティーの全部英語の番組を聴いていました。前編で少し触れましたが、寝入り端に即座に金縛りに遇い、また幽霊も見る睡眠障害でもあったので、憧れとは別に起きてる間はついに夢見心地がありました。恐怖を感じないようにさせてるイメージです。それを崩されたくなく、引きこもり感もありました。そうしてるうちにすぐ受験がきました。
不登校の世界では受験期のストレスがワーストワンと言われますが、私はそうでもなく、ようやくこの苦しみが終わるんだという期待もありました。ただ、競争力が完全に削がれていて将来のことを深く考えられませんでしたので、強い志望校はありませんでした。
アメリカ文化に傾倒していたので受験にも興味を持てず、体調もよくなかったのでほとんど無勉どころか、学校の空気感を微妙に忘れたまま、ぼんやりと受験会場に向かったのを今でも覚えています。
子供のときから通学路などですれ違って知ってる公立高校と、全く馴染みのない私立高校を受験しました。不思議とどちらも合格しました。
余談ですが私立高校は今思い返しても学びの環境として質が良く、曇った感覚がありません。受験生も人と協調することに慣れており、余計な緊張がない受験会場でしたが、まだ一応エネルギーがあったので決定的な第一希望にはきませんでした。面接は先生が二名待機していて、事務的でありながらも、なにか肯定的なことを言ってくださった記憶があります。
当時は私立は今とは全く違うイメージを持たれており、みんな校則がゆるめの公立に行きたがりました。今なら私立を選んだと思います。今は無償化で私立を選ぶ人がやはり多いと言われます。
率直に不登校は辛くなかった
不登校を辛くするのは多くは周りからの評価の目や焦りであり、子供は不登校の深刻さ自体を知らないことは特に珍しくないと思います。つらいのは親からかけられる言葉や、学校の対応の裏切り感などであり、本人は不登校の自分までもを否定していません。なので結果的には自分を守るために引きこもりに移行しがちになるのです。
日本は一度や二度躓いても命あるかぎりやり直しながら生きていけますし、ましてや単に不登校だけなら誰も傷つけません。不登校の子供はなにか理由があり、そうした世界観のなかにいるとも言えます。
どうして傷心的な感覚になっているのかについて本人はまだ説明ができないかもしれませんが、成長や周りとの比較のなかで、これまでの価値観ややり方が難しくなったからなどが考えられます。
それも成長の過程としてゆるく暖かく見守るか、話し合いをするかはそのご家庭次第でもありますが、成人後に本人が生活の底つき感やコンプレックスを感じることは考えられ、昨今はこれがよからぬ仕事に誘われたりなどの原因につながることがありますので、未成年へは必ず対応が必要です。












