令和型不登校。昭和や平成との違いは?「強い自覚と罪悪感」

こんにちは。ヤマモトです。1ヶ月半もあった夏休みが終わりました。ついこの間、下の記事を書いたばかりだと思ったので、最終日には寂しくなりました。

不登校にしない、悪化させない。子供の夏休みを安全に乗り切るコツ

令和の不登校の子供たちは学校が嫌いだったり行きたくない気持ちを強く自覚してることがあり、SNSではその本音を話せる唯一の居場所になってるようです。

平成は自己の感情表現をかなり忌避されていた

平成は現在一部の若者の中でトレンドとなり愛されていますが、実際にはジェンダー差別や格差の激しい時代でした。

進学率も低めで、自分から自立を求めるひともいれば、両親から強いプレッシャーを掛けられたりしながら高卒や中卒で働く人も決して珍しくないという、経済的にも生き残りのかなり過酷な時代でありました。

そうした背景から感情表現は男女かかわらず弱味とみなされてきたため、不登校という言葉より登校拒否と呼ばれたり、不登校の自分は敗けで恥ずかしいので非行に走ることで周囲の目や現実から逃げられ、いつまでも問題と向き合わないことがよくありました。他人の目に映る自分を過剰にコントロールしていわけです。

子供自身が計算して行うこともあれば、周囲の大人が子供に自己表現させない結果であることもあります。

令和になり不登校の話しがしやすくなった理由

上記の平成の風潮はしっかり平成までという印象を持ちます。

平成後期にはすぐに歴史的パンデミック(新型コロナ)があったので、平成の無秩序感のある空気に留まることは難しく、令和への移行は比較的スムーズに行われたように感じます。

コロナ禍とジェンダーの関係は不明でありながら、確実に令和では平成と異なる空気が流れはじめます。

男性はメイクも日傘もするし、男女混合のコラボも当たり前になりました。女性は儚く物憂げで、若い男性は感じよく、より人に共感を示しスマートです。

そうして不登校もかつての大人からの一方的な矯正感やお説教というところ(実際には愛情を確かめるものだったという説もあります)を脱し、自然と同世代から受け入れられるテーマに変化していったと感じられます。

強い自覚はあるが空気を読む風潮

かつては”強い自覚はないけど自分ってなんとなく人と違うな”というモヤモヤ感がトレンドでしたが、令和には何となくということはほとんどありません。分からないならそのままだし、

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